醪(もろみ)の仕込み方法において、基本とも言える三段仕込み。酒母を造ったのち、「初添」「仲添」「留添」の3回に分けて米麹・蒸米・水を投入する仕込み方法です。

蒸米も用途によって「麹米」と「掛米」のふたつに分けられています。麹米とは、米麹のもととなる米。蒸した麹米に麹菌を繁殖させたものが米麹で、米のでんぷんを糖に変える役割を果たします。掛米とは、醪を仕込む際に加える米のこと。蒸した掛米を冷まして、発酵中の醪に投入します。

酒母、初添、仲添、留添ごとに麹米と掛米が必要なため、1本のタンクを仕込むには8工程ぶんの蒸米が必要なのです。

飯沼銘醸 蔵元・飯沼徹典さん

飯沼銘醸 蔵元・飯沼徹典さん

麹米用と掛米用で1~2種類の米を用意するのが一般的ですが、8工程ごとに米の種類を変えて醸した日本酒があります。それが、栃木県栃木市の飯沼銘醸が造る「姿 純米吟醸 無濾過生原酒 八種米」です。

このユニークな日本酒を誕生させたねらいと造りについて、蔵元の飯沼徹典さんに伺いました。

工程ごとに異なる8種類の酒米を使用

8種類の酒米名が書かれた肩ラベル

使用した酒米は以下の8種類。

  • 酒母用麹米:「夢ささら」(2%)
  • 酒母用掛米:「彗星」(4%)
  • 初添用麹米:「ひとごこち」(4%)
  • 初添用掛米:「五百万石」(12%)
  • 仲添用麹米:「愛山」(6%)
  • 仲添用掛米:「きたしずく」(24%)
  • 留添用麹米:「山田錦」(8%)
  • 留添用掛米:「雄町」(40%)
    ※()内は使用割合

広く使われている酒米「山田錦」「雄町」「五百万石」「愛山」「ひとごこち」に、栃木県が最近開発した「夢ささら」。さらに、北海道産の「きたしずく」と「彗星」を加えて8種類の酒米が使われています。「夢ささら」は平成30BYで初めて使ったそうですが、そのほかは以前から蔵で使い慣れている酒米だそう。

「姿」は2002年に発売された飯沼銘醸の看板商品です。濾過・加水・火入れをしない「無濾過生原酒」が特徴で、甘味たっぷりでフルーティーなお酒としてリリースされました。

「姿」は55%精米の純米吟醸酒が基本。精米歩合は共通にして、使う米を変えることで違った味わいを出す方法で商品ラインナップを増やしてきました。今や、蔵で使っている米は10種類を超えています。

今回の構想が思い浮かんだのは3年前のことでした。飯沼さんは当時を次のように振り返ります。

「年々扱う米が増えてきたある日、ふと頭に浮かんだのです。すべての種類の米を使って1本のタンクを仕込んでみたら、どんなお酒になるのだろうと。造りの期間が終わるころ、残った酒米をまとめて掛米に使ってみることも考えましたが、それでは面白くない。どうせやるなら、すべての工程で異なる酒米を使ってみようと思ったんです」

造りも後半に入り、「そろそろ試してみようか」と、蔵にある酒米の在庫を調べてみると、微妙に一部の米が足りません。そこで、来期に延期することを決めますが、その翌年も同じような状態に。はじめから仕込むつもりで酒米を確保しておかなければ実現しないと感じた飯沼さんは、平成30BYに綿密な計画を立てました。

酒米の割り当てについて、飯沼さんは「一番多くの麹米が必要で、味を最も左右する留麹は山田錦にして、ほかは気分で決めました」と話します。これまでの「姿」と同じく、精米歩合はすべて55%です。

洗米・浸漬にひと苦労

飯沼銘醸の飯沼徹典さん

いざ造ってみて、一番苦労したのは洗米と浸漬だったのだとか。毎日さまざまな種類の米を洗うのは手間がかかり、吸水時間も米によって異なることから、非常に気を使う作業だったといいます。

麹造り自体は、普段のやり方で問題なかったそう。しかし、タンク1本のみの挑戦なので失敗は許されません。慎重な作業を心がけ、発酵が止まらないように通常よりも品温をやや高めに推移させたようです。その結果、ほかの純米吟醸酒よりも短い期間で仕上がりました。

「できあがったお酒は、ほかの『姿』と似た酒質になりました。山田錦と雄町とひとごこちときたしずくの味をミックスした印象ですね。山田錦の個性が特に出ているかもしれません」と、飯沼さん。

2019年4月中旬に搾り、すぐに瓶詰めして冷蔵庫で保管。8種類の米で造ったお酒ということで、8月に発売されました。評判は上々で、取引先の酒販店からの注文も多く、すでに蔵の在庫はなくなったとのこと。

飯沼銘醸「姿 純米吟醸 無濾過生原酒 八種米」

「遊び心があって面白い」と買っていく人も多かったようで、飯沼さんは来年以降も造ることを決めています。留麹は山田錦に決め、それ以外の酒米を毎年変えて、違った味わいのお酒ができるのを飯沼さん自身も楽しみにしているそう。

毎年購入して、醸造年度違いの飲み比べも楽しそうですね。次の「姿 純米吟醸 無濾過生原酒 八種米」は、どのような味わいになるのでしょうか。

(取材・文/空太郎)

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