2016年7月に開催された日本一美味しい市販酒が決まるきき酒イベント「SAKE COMPETITION 2016」で、35歳以下の杜氏を対象に最優秀者を表彰する「ダイナースクラブ若手奨励賞」の栄冠に輝いたのは、福島県天栄村にある松崎酒造店の松崎祐行さん(32歳)でした。松崎さんの醸す「廣戸川 特別純米」が純米酒部門で2位に入賞したことが評価されました。

松崎さんは2014年に開催された「SAKE COMPETITION 2014」でも、特定名称酒に限らず清酒表示がされている日本酒が出品できる「Free Style 部門」でグランプリを獲得するなど、すでにその実力は認められていましたが、今回の受賞は蔵元杜氏になってから、わずか5年での快挙でした。

今回は、短期間でメキメキと力をつけてきた松崎さんの酒造りについて、蔵を訪ねて伺いました。

蔵元からいきなり蔵元杜氏へ

松崎さんは長男でしたので、小学生の頃から蔵を継ぐつもりでいました。その当時から、経営者である蔵元として蔵を継ぎ、酒造りは杜氏がやるものと信じていたそうです。2007年に大学を卒業して蔵に戻ると、酒造りの知識は得たほうがいいと考え、福島県清酒アカデミー職業能力開発校で学びました。しかし、学んだあとも酒造りには参加せず、様子を眺めていただけだったそうです。

ところが、2011年3月の東日本大震災のあと、南部杜氏が心労で体を壊し、引退を告げてきました。家族で対応策を検討していた場で、松崎さんが「僕がやる」と宣言。家族も賛成して、その冬からいきなり蔵元杜氏になりました。

経験の浅さは造りをよりシンプルにすることでカバー

駆け出しの未熟者が酒造りに挑むというハンディをどうすれば克服できるのか。松崎さんは考え、結論として、"できるかぎりシンプルな造りにすること"にしました。使う米は福島県が奨励する酒造好適米「夢の香」に限定。酵母も福島県が開発した「うつくしま夢酵母」だけに絞りました。仕込みの規模(総米)も普通酒から純米、純米吟醸までなるべく揃え、同じ仕込みを繰り返すことによって再現性を高め、ひいては酒質の向上を目指したのです。

1年目の造り期間中は酒蔵の中に寝泊りをし、迷うことがあるたびに、師と仰ぐ福島県ハイテクプラザ会津若松技術支援センターの鈴木賢二さんに電話でアドバイスをもらってがむしゃらに造り続けたそうです。

こうして何とか1期目の造りを無難に乗り切りましたが、この期間に蔵としては7年ぶりに造った大吟醸酒が、全国新酒鑑評会で金賞を獲得しました。出品したお酒の3割弱が金賞を獲得するとはいえ、蔵元杜氏1年目としては快挙でした。翌年以降も金賞を取り続け、現在5年連続で金賞を受賞中です。

技術支援センターの鈴木さんは福島県の金賞受賞蔵数を全国一に押し上げた立役者であり、その鈴木さんの指導に忠実に従った結果ともいえますが、それにしても、酒造りへの驚くべきセンスが伺えます。

松崎さんは、
「夢の香という米が、うちの蔵の水と造りに相性が合ったのだと思います。金賞を獲得しやすいからといって山田錦を選んでいたら、こうはならなかったかもしれません。それに金賞を頂いた5回の出品酒はすべて、目指していた酒質とは微妙なずれがあって、100%納得できていません」
と謙虚に話していますが、その後のSAKE COMPETITIONでの実績を見れば、腕前はさらに磨きがかかっていると思われます。

松崎さんは目指している酒質についても次のように話してくれました。
「夢の香の特徴である甘味を残しつつも、甘味、旨味、酸味、苦みをバランスよく配置したお酒を目指しています。派手さはなくて、ほっと安心して呑めるようなイメージで、香りは上立ち香よりも含み香を重視しています。バナナ系の香りの酢酸イソアミルのなかでも柔らかいタイプを引き出すことに力を入れています。数値的には日本酒度が+1から+2ぐらいの中口からやや辛口に、酸度は抑え目に1.4前後、アミノ酸度は徹底的に低くすることを意識して、0.8ぐらいを狙って造っています」

これからの展望

2012年から始まったSAKE COMPETITIONは年々注目度が高まっており、大会で高い評価を受けると、酒蔵には注文が急増します。松崎酒造店も2014年の「Free Style 部門」グランプリ獲得でお酒の注文が殺到する一方、新規に特約店契約を申し込む酒販店もたくさんあったそうです。しかし、すべてのオファーには応えられませんでした。

「小さな酒蔵ですから、注文が殺到したからといって、じゃあ、翌年は生産を倍増する、というわけにもいかないんです。設備面もそうですし、なによりも、一気に2倍の量を造って、品質にばらつきがでたら元も子もないですから」と、松崎さんは蔵の体制が十分でないことに苦慮しています。

やはり、一歩ずつ前進するしかないと思っているそうです。生産規模(石数)は松崎さんが杜氏になった5年前には300石でしたが、現在は2倍の600石になりました。今後も少しずつ増やして、最終的には1000石程度の規模まで拡大して、事業が永続的に続けられるようにしたいそうです。

松崎さんが杜氏になったとき、自らに"最初の5年間はわき目も振らずに、ただひたすら同じことをやって酒質を向上させる"ことを言い聞かせたそうです。そして、シンプルな造りを愚直に繰り返すことで、レベルの高いお酒を造る腕を磨いてきました。

その5年が過ぎ、今後の5年は、試行錯誤しながらいろいろなことにチャレンジしていくつもりです。そのひとつが、酒造りに使う夢の香を全量、天栄村産にすること。さらに、杜氏としての腕を磨くために、今後はいろいろな米で酒造りにもチャレンジすること。また、酒蔵としての体制を強化するためにも、醸造期間を延ばして、通年雇用の蔵人を増やす計画です。「米と人と蔵(設備)の充実を目指します」と、松崎さん。

今後の「廣戸川」のお酒がますます楽しみになりました。

(取材・文/空太郎)

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