旅に出かけたら、その土地の銘酒を味わうのも楽しいですよね。

訪れた証に、"御朱印"ならぬ"御酒飲"を。ということで、今回は奈良県御所市へ旅をした際に訪れた酒蔵をご紹介します。

"ごしょ"ではなく、"ごせ"

「御所」というと、京都御所をイメージする人が少なくないでしょう。しかし、奈良県にある御所市は"ごしょ"ではなく、"ごせ"。奈良県の中部、奈良盆地の西南端に位置し、西にそびえる金剛山や葛城山(かつらぎさん)を越えると大阪府に入ります。

御所市の中心部・御所まちは、伊勢街道や高野街道など交通の要衝として栄えた町。江戸時代から続く伝統的な街並みが残っています。

こちらは江戸時代後期に庄屋を務めた、商家の中井邸。建築は1792年、国の登録有形文化財に登録されている建造物です。御所まちには、このような趣のある町家が40軒近くあります。

町屋が公開される「御所まち霜月祭」

毎年11月の第2日曜日に行われる「御所まち霜月祭(そうげつさい)」では、個人宅のためふだんは内部を見学できない町家が特別に公開(一部を除く)され、昔の道具や古文書などの展示を見ることができます。

また、修験道の開祖・役小角(えんのおづぬ)が誕生した地といわれる吉祥草寺(きっしょうそうじ)を目指して、全国から数百名の山伏衆が集結。法螺貝を吹き鳴らしながら、町内を練り歩きます。

祭りが開催される季節は、秋の味覚・柿が最盛期を迎えるころ。御所市が発祥とされる「御所柿(ごしょがき)」は甘柿のルーツともいわれています。江戸時代に盛んに栽培され、宮中や将軍家に献上されていました。正岡子規の随筆『くだもの』にも登場し、かの有名な「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の句で詠まれている柿も、御所柿だといわれています。

収穫量が少なく小玉であったことから、明治時代後期には新しい品種に代わってほとんど栽培されなくなり、幻の柿と呼ばれていた時期もありました。しかし近年、地元の生産者が栽培を復活させ、新たな特産品として売り出していく動きが始まっています。

御所まちに蔵を構える油長酒造

趣ある町家のなかでも、特に目立っているのが油長酒造。軒先には杉玉が吊るされ、菰樽(こもだる)も置かれています。

油長酒造は慶長年間(1596~1614年)から大和平野で採れた菜種で製油業を営み、屋号を「油長」としていました。1719年から酒造業を始め、この年を創業年としています。代表銘柄は「風の森」と「鷹長(たかちょう)」です。

「風の森」は、御所市にある峠の名前に由来しています。金剛山麓を吹き抜ける風の通り道になっていることから、「風の森」と名付けられたその峠。周辺には風の神である志那都比古神(しなつひこのかみ)をまつる「風の森神社」がひっそりとたたずんでいます。

1998年に販売された「風の森」、当初はわずか6軒の特約店でのみ販売されました。「濾過をしない」「火入れをしない」「加水をしない」という、無濾過無加水の生酒をコンセプトに、吟醸酒専用の平成蔵で造られています。

2001年から醸造アルコールの添加をやめ全量純米酒に、また2003年からは全ラインアップに7号酵母を使用するなど、新たな試みを重ねてきました。2007年には、お酒の酸化を極力抑えるために開発した、笊籬(いかき)状のスクリーンを醪に沈めてお酒を搾る独自の方法「笊籬採り」を確立。さらに2015年には、オリジナルで開発したタンクを用いて、上槽の機械を一切使わずに無酸素・無加圧の状態で醪をお酒と酒粕に分離する「氷結採り」を開発するなど、日本酒の可能性を追求すべく、技術革新に取り組んできました。

残念ながら、一般向けの蔵見学や蔵元での販売は行われていません。しかし、「御所まち霜月祭」と年末の2回は酒蔵の軒先でお酒を買うことができます。

年末の蔵元直売は、2日間。2016年は12月24, 25日の開催でした。各日先着50名には酒粕(500グラム)のプレゼントがあるため、直売が始まる朝9時前から行列ができるのだそう。他府県ナンバーの車が次々と訪れ、年末の限定酒を購入していきます。

「とびっきりの新酒でお正月を迎えてほしい」という思いから生まれた、縁起の良いラベルデザインにも注目。2016年の限定酒は、奈良県産の秋津穂を使ったお酒でした。毎年中身が変わるのも楽しみのひとつですね。

「風の森」をいただきながら、造り手の方々と和気あいあいに日本酒談義がはずみます。過去には、非売品のお酒が振る舞われたこともあったのだとか。2017年の蔵元直売は、12月23, 24日に行われる予定です。

桜まつりでいただく「風の森」

毎年春には、御所まちの中心を流れる葛城川の河川敷で桜まつりが開催されます。この場所は関西の人にもあまり知られていない、隠れた花見スポットかもしれません。

酒蔵から直接お酒を購入することはできませんが、蔵からほど近い「東川酒店」で油長酒造のお酒を販売しています。店の横にある自動販売機にも「風の森」が入っていました。

今回の御酒飲は「風の森 キヌヒカリ 純米大吟醸 しぼり華」と「風の森 秋津穂 純米 しぼり華」。どちらも、口に含んだときのフレッシュ感がたまりません。

御所市では2017年11月23日までの土日祝日に、近鉄御所駅から風の森峠や金剛山麓の葛城古道を巡る「ごせ 葛城の道 臨時バス」が運行されています。終日乗り放題でなんと500円。御所市を訪れた際に利用してみてはいかがでしょうか。

(文/天田知之)

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