2021年12月、「八海山」でおなじみの新潟県の酒蔵・八海醸造と、米ニューヨーク州ブルックリンにあるSAKE醸造所「Brooklyn Kura(ブルックリン・クラ)」が業務資本提携を結ぶことを発表しました。

日本酒の海外輸出が拡大し、また世界各国でのSAKEの現地醸造が広まるなかで、日本とアメリカの酒蔵が長期的なパートナーシップを結ぶことには、どのような意図があるのでしょうか。

八海醸造 海外営業課の笹川伸介さんとBrooklyn Kuraのブライアン・ポーレンさん、ブランドン・ドゥーアンさんに、協業の背景と目的について話をうかがいました。

異なる環境で同じ哲学を共有した2つの酒蔵

1922年(大正11年)に新潟県南魚沼市で誕生し、2022年に創業100周年を迎える八海醸造。霊峰・八海山がそびえる豊かな自然のなかで、新潟県を代表する銘柄「八海山」を醸造しています。

「魚沼の里」の風景

新潟県南魚沼市にある八海醸造

同社が海外への輸出を始めたのは1995年のこと。なかでもアメリカは輸出量の5割以上を占める主要相手国となり、八海醸造は約30年のあいだ、日米間を頻繁に行き来し、現地の日本酒マーケットの成長に貢献してきました。

そんななか、現地の業界関係者から、「ニューヨーク州のブルックリンにSAKEの醸造所ができるらしい」という情報を入手します。それが、2018年、ニューヨーク州初のSAKE醸造所としてオープンした「Brooklyn Kura」でした。

八海醸造 海外営業課の笹川伸介さん

八海醸造 海外営業課の笹川伸介さん

「私たち八海醸造は、南魚沼という自然豊かな地域で酒造りをしています。一方、Brooklyn Kuraがあるのは、大都会のマンハッタンにほど近いインダストリー・シティ(歴史的な工場と倉庫の跡地を活用した商業施設)の一画。初めて訪問したときは『こんなところでお酒が造られているんだ』と驚きました。

また、ニューヨーク州の北西部にあるキャッツキル山地の水は極軟水で、八海醸造の仕込み水の水質に近いということを聞いていたのですが、その水がマンハッタンやブルックリンにも供給されていることを知り、とてもうれしく感じたのを覚えています」(笹川さん)

八海醸造を訪問しているブランドンさん

その後、Brooklyn Kuraの2人も、八海醸造を訪問。共同創設者であり製造のリーダーを務めるブランドンさんは、「初めて八海醸造を訪れたときは、こうして協業することになるとはまったく考えていませんでした。ただ、その美しい酒蔵と風景に感動しました」と当時を振り返ります。

大自然のなかで酒造りを行う八海醸造と、大都会のBrooklyn Kura。一見すると対極にある2社ですが、3~4年にわたって関係性を深めるなかで、酒造りに対して同じ哲学を共有していることに気づいたと言います。

「環境はまったく異なりますが、私たちもBrooklyn Kuraも、お互い地域に根ざした事業展開を行っています。ブルックリンは、若者が多く、芸術への関心が高いエリアで、Brooklyn Kuraはそんな地元の人々へ向けてSAKEの魅力を発信しているんです。

醸造所にはタップルームが併設されていて、そこへ行けばいつでも彼らとコミュニケーションを取れます。そうした親しみやすさは、私たち八海醸造が目指すところでもあります」(笹川さん)

Brooklyn Kuraのブランドン・ドゥーアンさんとブライアン・ポーレンさん

Brooklyn Kuraのブランドン・ドゥーアンさん(左)とブライアン・ポーレンさん(右)

Brooklyn Kuraのもうひとりの共同創設者であり、同社のビジネスを担当するブライアンさんも、「八海醸造は、リスクを引き受ける態度や、商品開発への姿勢、製造・販売・流通のアプローチ方法において、私たちと非常に似た倫理観と哲学を共有しています」と同意します。

業務提携というアイデアを切り出したのは「どちらからともなく」。ブライアンさんは、「とても自然な流れでした」と強調します。

「業界への視点や、新しい消費者層を巻き込むための取り組み、酒蔵同士のコミュニティをより良くする方法について、八海醸造と私たちは自然に話し合ってきました。そうするうちに、彼らが私たちと同じように、『SAKEを世界的な飲みものにしたい』という強い想いを抱いているのがわかったんです」(ブライアンさん)

八海醸造の「知識や経験」とBrooklyn Kuraの「情報発信力」

同じ業界の仲間としてコミュニケーションを重ねるなかで、自然とパートナーシップへの道を歩んできた八海醸造とBrooklyn Kura。業務提携を決意した背景には、それぞれが抱える課題意識がありました。

2018年瓶内二次発酵酒あわ八海山 NYローンチイベント

「ウイスキーやワイン、ビールなどはもともと海外から輸入された酒類ですが、日本でこれらが広まった経緯を考えると、目標を持って製造する現地の醸造所が増えていくプロセスが非常に重要であることがわかります。

仕事でアメリカを訪れるたび、日本酒はまだまだ身近なアルコール飲料ではないのだと痛感し、ローカル向けの情報発信力やネットワークの必要性を感じていました。Brooklyn Kuraと交流を重ねるなかで、彼らとパートナーシップを結べば、そうした課題をより早く解決できるのではないかと感じたんです」(笹川さん)

青い扉が目を引くブルックリン・クラ外観

ニューヨーク州ブルックリンにある「Brooklyn Kura」(Photo by Molly Tavoletti)

ブランドンさんもまた、酒造りのために手に入る情報や資材が限られているアメリカにおいて、日本の酒蔵とつながりを持つことの意義を重視しています。

「アメリカの多くの人々が私たちの商品を通して初めてSAKEを知ることになりますから、忠実な造りによって、より正しい製品を提供しなければならないと考えていました。

これまでは独学でたくさんの本を読んだり、動画を見たり、日本の酒蔵を見学したりして勉強してきましたが、私が長い間、頭を悩ませていたことに対して、日本の伝統的な酒蔵である八海醸造から意見を聞けるというのは本当に貴重なことなんです。

私たちBrooklyn Kuraは、『日本国外で最高のSAKEを造る』という目標を掲げています。八海山が何世代にもわたって受け継いできた知識や経験を、商品の改良に役立てたいと思っています」(ブランドンさん)

また、国内だけではなく、世界中に自社商品を広めるという志を抱いているのは、八海醸造だけではなくBrooklyn Kuraも同じ。アジアやヨーロッパに広く販路を持つ八海醸造のネットワークを活用し、世界中にアメリカのSAKEを届けることを期待しています。

協業がもたらすWin-Winの関係

海外での市場拡大を目指す日本の酒蔵と、現地醸造の品質向上を目指すアメリカのSAKE醸造所の協業。その効果は、製造やマーケティング、海外輸出などのあらゆる面に及びます。

今回の業務提携により、八海醸造とBrooklyn Kuraは、両ブランドにまたがる共同の営業部門の設立を検討し、Brooklyn Kuraの製造の拡張にも協力して取り組んでいきます。

また、清酒以外にクラフトビールや蒸留酒、発酵食品などの共同開発を行う目標も掲げているのは、ビールやウイスキー、甘酒など多様な事業に取り組んでいる八海醸造ならでは。

八海醸造の甘酒

「弊社にとって、ひとつの企業とパートナーシップを結ぶというのは、海外に限らず初めてのことです。これまでの輸出事業を通じて、現地の人々と密なやりとりを行うなかで、異なる文化を受け入れながら日本の文化を認めてもらう必要を感じていました。

Brooklyn Kuraには、現地の醸造所だからこその新しい発想や手法を教えてもらいたいと思っています。Brooklyn Kuraはまだ立ち上がったばかりの会社で、事業を進めるスピードがとても早い。そのスピード感にも期待しつつ、私たちがこれまで見えなかった世界を教えてもらいたいです」(笹川さん)

「私たちのパートナーシップは、日本からの日本酒の海外輸出の成長にもつながるはず」とブライアンさんが話すように、今回の業務提携は、当事者である2社に限らず、日本酒業界、そしてSAKE業界全体へ新たな方向性を示すものでもあります。

「今回の協業を通じて、SAKEがよりスタンダードなものになり、世界の飲食店で気軽に飲まれたり、注文や購入ができたりする状況をつくりたいと思っています」と笹川さん。

NY初の酒蔵「Brooklyn Kura(ブルックリン・クラ)」の日本酒とピザの写真画像

Brooklyn Kura「Number Fourteen - Junmai Ginjo」

アメリカ現地の消費者に対して、SAKEや発酵にまつわる知識を深める啓発活動も積極的に行っていく予定です。

「日本の伝統的な酒蔵と、アメリカの若い醸造所という異なる視点からSAKEについて話すことで、初めてSAKEに触れる人にかなり説得力のあるアプローチができるようになると思います」(ブライアンさん)

Brooklyn Kuraの持つ現地の視点とネットワークを通して、八海山がローカルレストランに広まれば、より多くの人々がSAKEを知る機会を得られるとともに、日本食以外の飲食店にSAKEが流通する地盤が整う可能性が高まります。

また、2社のパートナーシップは、日米間の酒蔵の交流への刺激にもなるでしょう。

製造担当のブランドンさんは、「今回のパートナーシップが好例となり、日米間で情報やリソースの共有が促進されればと思っています。日本語が話せない場合、設備や知識面でのハードルが高く、アメリカの人々がSAKE醸造所を設立するのは難しいことですから」と、現地醸造の発展へ期待を寄せます。

一方、ビジネス担当のブライアンさんは、今回の協業によって、日本国内での日本酒やSAKEへの関心が高まる可能性をも示唆します。

「日本ではワインやクラフトビール、蒸留酒などの他の酒類との競走が激しいと聞きます。私たちの商品が東京などの居酒屋で飲めるようになれば、若くて意識の高い人たちが、クラフトSAKEの世界に触れる機会になる。自分たちのお酒が、日本の人々が"SAKE"のおもしろさを再発見する動機付けになればうれしいですね」(ブライアンさん)

日米の協力で、SAKEを世界飲料に

海外市場に深く広くアプローチしたいという日本の酒蔵の課題と、品質を高めたいというアメリカのSAKE醸造所の課題を、日米の酒蔵がお互いの持つリソースによって解決するという今回のパートナーシップ。しかしそれは、それぞれの酒蔵の利益ではなく、日本酒・SAKEを世界的な飲料にするという大きな目標に向かっています。

「私たちBrooklyn Kuraと八海醸造は、同じ目標を共有し、信頼し、尊敬し合っています。ビジネス面での成長はもちろんですが、それこそが、本当の意味でのパートナーシップなんです」(ブライアンさん)

八海醸造とBrooklyn Kuraの商品が並んでいる様子

日本酒・SAKEが世界中で飲まれる未来のために、2つの国が手を取り合い、課題を解決していく。八海醸造とBrooklyn Kuraという2社によって日米間の協力の可能性が拓かれた今、SAKEが世界酒になるための歴史が大きく動こうとしています。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

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